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採用ご担当者向けコラム 人材・経営研究館

本コラムは、京都女子大学 現代社会学部  准教授で経営組織論、キャリア論を専門にする西尾久美子氏にご執筆いただきます。

女性のキャリア形成メソッド ―「育てる」から「育つ」へ、新人をプロに変える舞妓さんの言葉― 
第1回 舞妓さんの言葉 京都女子大学 現代社会学部 准教授 西尾久美子 2010.11.29掲載

心に芯をつくる言葉

私は、ここ数年、京都の「舞妓さん」たちの育成について、経営学の視点から調査研究を重ねてきました。今の京都の舞妓さんは、もともと京都花街にゆかりはなく、中学卒業後自らの意思で「舞妓さんになろう」と決心し、花街の扉をたたく少女が大半です。そんな彼女たちが厳しい伝統文化の中でどのように育成され、プロフェッショナルとして成長するのかを知りたくて、実際に多くの舞妓さんや京都花街の関係者に会ってお話を伺い、それを本や論文などにまとめてきました。
ところで、考えてみればこの20年以上、若い人たちは、やる気がない、粘りがない、我慢ができないなどと、よくネガティブな表現を用いて形容されています。また、総合職として働く女性が増えると、女性の気持ちはわかりにくい、どのように対応するのがよいのか迷ってしまうなどという声もよく伺います。
でも、若者が変わったのでしょうか? いつの時代も若者は、未経験で、自信がないけれど自分を認めてほしいと願っていたはずです。京都花街のフィールド調査で、10代半ばの少女たちが、舞妓さんとして周囲との関係をつくり、支えられ、また後輩たちへ助言をしていく姿を多く見るなかで、彼女たちが「あっ」と何かを掴み取る瞬間に数多く立ち会うことができました。周囲の人からのちょっとしたアドバイスや、励ましの一言が、彼女たちが今やっていることと過去の経験をむすびつけ、自分なりにそれらの意味や意義をみつけて「そうなんや」と納得して、キャリアを形成していくのです。そして、この力が伸びていくと、将来の不安にめげそうになりながらも、若いからこそ必死に模索を続け努力し、舞妓さんとして、またプロとしての自分の「芯」を作ることができるようになります。
本連載では、舞妓さんたちが何かを「あっ」と発見するために絶対不可欠な、育成される過程で周囲からかけられる「言葉」を紹介していきます。現代の若者にはとても耐えられないと思われるような厳しい修業を経て舞妓さんになる若い少女たちは、自分で自分を勇気付けモチベーションを高める「励み」、周囲の状況と折り合いをつけ過剰に傷つかないようにする「癒し」、そして関係性の中で信頼を築き自分の役割を知覚する「気づき」を促す、含蓄のあるよい言葉を周囲の人たちからかけられ、それらを自分のものとして歩みをつづけているのです。京都以外の出身者が多くを占めるようになっても、舞妓さんたちはキャリア形成のプロセスで京ことばの字面だけでなく言葉を伝えるニュアンスまで身につけなければならないため、若い彼女たちにとって、京ことばは自らのキャリア形成を促す精神の支柱になっているように感じられました。
舞妓さんたちは、自分で納得し考えて芸事に取り組まないと、修業の途中で壁を越えられず、厳しさに音を上げてしまうそうです。周囲の人のアドバイスに耳を傾け、そして若いから未熟からだからと言い訳をせずに、自分のできることを必死に努力する。身についた成果を発表し、その反省点をたくさんの人から示唆され、落ち込みながらも明日を信じてまたやってみようと思う。その繰り返しで、自分を磨いています。花街のやわらかな京ことばを繰り返すことで、彼女たちは心が折れることなく自分を勇気付け、一方で舞い上がることなく冷静に自分を見つめ、さらに自分の周りにも配慮しよい関係性をつくることにつながります。
これから6回の連載を通じて、これらの言葉を少しずつ知っていいただくことで、若い人材、特に舞妓さんたちと同じような若い女性たちに、自分の「芯」を作っていただきキャリア形成をスムーズに運んでいただくことができれば、と思っています。

おおきに

「舞妓さんになりたい!」という夢を実現するために京都花街にやってくる少女の大半は、花街や伝統芸能には縁もゆかりもない、中学卒業直後の10代半ばの少女たちです。そんな彼女たちが最初に覚えなければならない京ことば、それが「おおきに」(ありがとうの意味)です。もてなしのプロである舞妓さんになるためには、新しい環境で周囲の人と上手く人間関係を築き、短期間にたくさんのことを身につけていかなければなりません。修業開始からわずか1年で、京ことばやお座敷の礼儀、京都花街の伝統、踊りなどを一通り修めることが求められます。
「おおきに」は、短期間に技能形成を促し、舞妓デビュー後も円滑にキャリア形成をするために、毎日毎日、何十回も、ときには何百回も口にする、短いけれどとても大切な一言なのです。
お座敷で芸妓さんや舞妓さんたちの会話に耳をそばだてていると、「○○さん姉さん(先輩の芸舞妓さんを呼ぶときには、先輩の名前のあとに「さん」を付け、さらに先輩である意味の姉さんを加えます。例えば、豆をお豆さんと呼ぶような丁寧な言い回しです)、おおきに」と言っていることが多いです。「姉さん」とは、先輩である芸妓さんや舞妓さんをさす言葉ですが、目の前の姉さんに言うのであれば、単に「おおきに」で済むように思われます。ですが、それでは不十分なのです。「○○さん姉さんは、たくさんせんなんことがあるのに、うちにまで配慮してくれはって、本当に感謝しています」という意図を明確に表さなければなりません。自分を育ててくれている周囲の人たちの意図への理解と、それを自分に実行してもらうことへの感謝を、育成される側の自分は明確に気づいているということを、「おおきに」という言葉にこめて言えるかどうかがポイントです。
誰でも自分のスキルは磨きたいから、努力しようと思います。では、努力をどのようにすればいいのでしょうか? 未経験者にはそこがわからないから、周囲の人のアドバイスが大切なのです。舞妓さんになりたいと願う少女たちは、先輩たちが自分のことを見てくれ、アドバイスをしてくれることへの感謝を、「おおきに」という言葉を最初に身につけることを通じて教えられるのです。周囲の人と良好な人間関係を作ることが、技能形成の基礎になることを彼女たちの育成責任者である置屋のお母さんから教えられ、さらに適切な言葉にしてタイミングよく相手に伝えることをキャリア初期の数カ月で徹底させられます。
些細なことに思われるような出来事一つ一つに、きちんとその場で素直に「おおきに」と言える新人舞妓さんは、「○○ちゃんは、ええ舞妓はんにならはるえ」と、みんなから認められ、取引業者を含む関係組織間の人間関係のネットワークの中に入ることができ、円滑な育ちのための歩みを現場で始められるのです。
文責:西尾 久美子
執筆者プロフィール
西尾 久美子   にしお くみこ
京都女子大学現代社会学部
准教授

京都市生まれ。
実家は数代続く米穀商。
京都府立大学女子短期大学部卒業。大阪ガス株式会社に勤務後、退職
1997年4月
滋賀大学経済学部に社会人入学
2001年3月
同学卒業
2006年3月
神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了、博士(経営学)を取得
2006年4月
神戸大学大学院経営学研究科助手、同大学院研究科COE研究員
2008年4月
現職。専門は、経営組織論、キャリア論。

<主要著書>
『京都花街の経営学』(東洋経済新報社、2007年)
『1からのサービス経営』(分担執筆、中央経済社、2010年)

<主要論文>
「伝統産業のビジネスシステム‐350年続くサービス産業「京都花街」のダイナミズム」
(『一橋ビジネスレビュー』第56巻1号、2008年)
「「ものづくり」視覚によるサービス現場の分析:花街と自動車工場の比較を通じて」
(共著『組織科学』第42巻第4号、2009年)など

<メディア>
京都花街の舞妓さんの人材育成と一見さんお断りのビジネスシステムに関する研究が注目され、テレビ・ラジオ番組への出演や、新聞・雑誌の取材多数。
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